
今日は「防災の日」です。

それから99年。来年でまる100周年になります。
もうその記憶はすっかり風化し、その生き残りの人はほぼみんな亡くなっています。
それでも、今後30年の間に「首都直下地震」が起きる可能性は70%と言われ…
超大型地震の危険が、いくつも迫っています。
うちの親たちのような後期高齢者以外は、生きているうちに少なくとも一回は…
巨大地震を経験すると、覚悟しておいた方がいいと思います。
個人的には、この状況で太平洋側の人口密集地に…
今から持ち家を建てるのは、めちゃくちゃリスクが高い…
ほとんど、やめた方がいいくらいの「ギャンブル」だと思っています。

倒壊しないまでも、持ち家が大破したら、その修理代が住宅ローンの上に重なってのしかかって来ること…
特に海岸から近い平地や、海からほど遠くない川の近辺…
そして軟弱地盤地域や、木造住宅が密集して立っている地域では、家自体が完全に失われる可能性がある。
そういう今は起こっていないけれど、かなりの高確率で起きる災厄は、リアルに想定しないといけません。
もう住んでしまっている人も、最低でも、損保会社の地震保険にだけはしっかり入っておかないと。
そして、家にいて何かしているとき、就寝中、職場での仕事中、通勤通学の途中など…

いろんな状況で、いざというときにはどんなことが起きると想定されるか…
その場をどうやって生き残るか、その後どうやって家族と連絡を取り合うか、どうやってサバイバルするか…
そういうシミュレーションをして、家族で共有しておく必要があります。
関東大震災の教訓は、ほとんど風化しきってしまいましたけれど…
11年前の東日本大震災の記憶なら、東日本の人には、まだ生々しいものがあるはずです。
私たち家族も、この夏の旅行で、宮城県の大川小学校という震災遺跡を見学して…
(ここが妻の母、私の義母の母校だったのです)
いろいろ思うところがありました。

東北地方に小中学校、高校はおびただしい数ありますが…
全校生徒の7割以上が一度に、しかも集団で命を落としたという学校は、ここだけです。
どうして、そんな特異な悲劇がここで起きてしまったのか。


大川小では、地震発生から50分以上も生徒たちを校庭に集めたまま、避難が行われませんでした。
ちょうど校長が休暇をとっていて不在で、どの先生も、主体的に避難行動の決定を下せなかったこと。
この学校がある釜屋地区では「津波はここまではこない」という、住民の「通説」があったこと。
そもそも災害があったときの避難については「近隣の公園や空き地に避難する」という…
あまりにも漠然としたことしか決められていなかったことなどが、大惨事につながったようです。
途中で教員と生徒のほぼ全員が津波に飲み込まれて、全滅に近いことになってしまいました。

私たちは、大川小の人たちが目指した避難場所「三角地帯」を車で通って目にしましたが…
堤防に沿った道路の交差点で、周りよりちょっと盛り上がっている程度の場所で…
低地である上に、あまりに狭く「広場」といえるようなものでさえありませんでした。
あんな場所に、全校生徒80人近くを誘導しようとしたことには、驚きしかありません。
おそらく先生たちは、最後の最後まで、本気で津波が来るとは考えておらず…
「校庭にみんなでじっとして居ても仕方がないから一応避難しよう」という程度の考えだったのではないかと。
学校の近くにある石碑には「海抜1メートル12センチ」と、かなりの低地であることが書いてあるのに。
町の広報車が「津波が来ます。避難してください」と注意しに来たのに、それさえまともに信じず…
より楽観的な、集落の「言い伝え」のほうを、信じてしまっていたのでしょう。
人間の心理には、いざ、何か身に危機が迫ると「まあ大丈夫だろう」と楽観的な可能性の方を取りたがる…
「正常バイアス」というものがありますから。

そもそもがのんびりした田舎で、避難が必要になるような大災害が、本当に起きることを…
まともに想定していなかったのではないかと想像します。
せっかく、大川小のすぐ横には小高い裏山があって…
そこにちょっと…ほんの10メートル程度もよじ登りさえすれば、全員が助かったはずなのに。
しかもその山の中には、子どもたちがシイタケ栽培をした場所があって、そこへ登る小道まであったのに。
実際、教員1名と子ども4人は、その山に上がって命が助かりました。
校庭にいる間に、子どもたちの中からも「怖い。山に上がって逃げるべ」という声が上がっていたそうです。
多くの先生が、なぜその子どもたちの声に、耳を傾けなかったのか。
助かった先生は、なぜもっと強く、山に上がるという案を、同僚に向かって主張できなかったのか。
バスも一日に数本しか通らないという、本当の田舎ですから、そういう地域特有の問題もあるのかも。
そこには、昔風の日本人に特有の考え方や、集団のクセから来る、弱点がある気がします。
まずひとつは、先ほども書いた「正常バイアス」が強いということ。
「どうせ大丈夫だろう」「なんとかなるべ」「大げさだ」「騒ぎすぎ怖がり過ぎ」「そこまですることない」
そういった、楽観論のほうが、慎重論や悲観論に勝ってしまう傾向。

もう一つは集団がどうしてもタテ社会になって、その分「上からの指示待ち」をしがちで…
結果、ひとりひとりの「自己判断」「自己決定」する力が弱いこと。
この日、本来、物事の決定権があるはずの校長が、学校に居なかったことが…
先生たちの話し合いを迷走させ、誰も責任を負いたくないことから、行動が遅れることになったのではないかと。
あとは、女性や子ども、あるいは集団の中で声が小さく力の弱い人の意見が、無視されて…
年かさの男性、つまりおじさんの意見だけが尊重される傾向です。
「山に逃げるべ」と言い出したのが、子どもたちであったことは、生き残った人の証言からわかっています。
そしてもし、その判断を支持した先生の発言力が弱く、数も少数派であったとしたら…

声の大きい人や、多数派の意見に引きずられて、結局全体が右へならえで、一律にそれに従ってしまう。
正しいかどうかではなく「誰が言ったか」で発言の価値を判断してしまう。
そういう傾向が、こうした悲劇を生んだ…ような気もするのです。
災害や、事件、事故といった非常時、突発的なことが発生した場合には…
人間の「本性」があらわになります。
そして、しばしば個人や集団の、欠点が露呈してしまいます。
普段は抑えていたり、隠していたりする、不満や偏見、後ろめたい思いなどが表に出て来ることも多いです。
流言飛語が飛び交った結果、自警団などによる、朝鮮人の殺害が行われたことは…
一部の歴史修正主義者は否定するものの、警察の記録など公的資料にも残っている、まぎれもない事実です。
それは、普段は表面にあまり出さないようにしていた、半島の人に対する差別・偏見や、敵意…

また、それを彼らが恨んでいるのではないかという疑心暗鬼が生んだ、デマだったのでしょう。
人間の心の底に溜まっている、澱やヘドロのような感情も、まさかのときに、表面化するんです。
現代の私たちの心の中には、どんな闇が隠れているか……怖いですね。
そして、災害時や非常時には、デマの拡散にも気を付けなければ。
「○○が言っていた」というのを、情報ソースも確かめずに、信じ込むことは本当に危険です。
特に、一度どこかで目にしたり、耳にしただけのことを、すぐに「みんながそう言っている」とか…
「よく世間でそう言われてるじゃない」というふうに表現してしまう…
そんなクセが、あなたにもありませんか?
子どもの世界でも、よくあるパターンでしょ。
一部の事例を拡大して「みんな言ってる」「みんなやってる」「みんな持ってる」と言ってしまった経験…
あなたには、ありませんか?
経験のある人は、気を付けないと自分も何かの折に、デマの発生源や、拡散役になってしまうかもしれません。

予期せぬ危機、ピンチに襲われたとき、人間の欠点が露呈することが多いのとともに…
逆に、人の思わぬ美点や、良いところが発揮される場合もあります。
我田引水になりますが…
私と息子の「推し」小倉唯さんが、ソロデビュー10周年記念の、大事な生配信イベントに臨んで…
予期せぬ機材トラブルと、それによってスタッフが慌ててしまったことで…
番組が考えられないほどに、グダグダになってしまったとき…
普通のタレントさんなら、多少はイライラしたり不機嫌になったり、少なくとも慌てたりするところを…

遅延を自分のせいにしようとしたり、笑って周りをフォローしたり、逆になぜかスタッフに謝っていたり…
最終的には「後でみんなが謝るようなことになって心苦しい」「これも素敵な思い出になるから」…
と言っていたのは、彼女が心底から「いい人」である証拠だと思います。
見た感じそう見えないとしても。
我々個人も、また集団・組織としても、まさかのときに醜態をさらしたり、見当違いの行動をとってしまって…
人を傷つけたり、自分や家族、仲間の命を失わせるようなことがないよう、日ごろから備えたいものです。
といっても、そういうときにはどうしても「地金」が出てしまうものですから…
個人的には、やはり「人間力」を鍛えるよう、努力するしかないのかもしれません。
でも、災害時にも強い「集団力」「社会力」はどうやったら高められるのか…
やっぱり「教育」しかないんでしょうね。